TOPANK免疫療法とはよくある質問>なぜ初めて遭遇するがん細胞を認識できるか

NK細胞は、なぜ、初めて遭遇するがん細胞を認識できるのでしょうか。

初めて遭遇する相手でも、直ちに反応するのがNK細胞に限らず、自然免疫全体の特徴です。よく、「何故、初めて遭遇するのに、いきなり敵の正体が分かるのか?」、「どんなタイプのがんでも攻撃するというのが理解できない」というご質問をいただきます。

免疫というと、相手の正体を分析し、それから戦う細胞を訓練し、準備をしてから攻撃するではないか、そういうイメージが定着しています。これは、獲得免疫についてのイメージです。実際には、免疫の基本は自然免疫であり、事実、全ての生命体に自然免疫は存在します。獲得免疫は脊椎動物にしか存在せず、生命にとって必須のものではありません。実際、遺伝的に、獲得免疫の重要な担い手であるT細胞が成熟しない人、あるいは、B細胞が成熟しない人であっても、生きることはできますし、特別、がんにかかり易い傾向はみられません。ところが、NK細胞が欠ける人は生まれてきません。マウスの実験でも同じです。T細胞やB細胞が成熟しないマウスをつくっても、がんになる訳ではなく、感染症には弱くなりますが、何とか生まれ、生きています。ところが、NK 細胞を欠くマウスは生まれません。NK 細胞は、生きるために必須ものだからです。

獲得免疫を担う免疫細胞も、実は、予め、どのタイプの標的を攻撃するかは、決まっています。ある標的が体内で増え、その標的に反応するタイプの免疫細胞が数を増やすので、あたかも、「教育された」ように見えるので、そういう表現を使っています。次に同じ相手と遭遇した時には、前回、反応した免疫細胞を、メモリー細胞というのですが、ある程度の数を維持したまま待機しているので、前回より迅速に反応することができます。獲得免疫であっても、細胞を個々に見れば、初めて遭遇する相手に反応するよう、予め決められているのです。

さて、「初めて」遭遇というのは、単に、個人の人生において初めてと「思っている」ということに過ぎません。がんと診断されていなくても、体内では、毎日NK細胞が、がん細胞と戦っていると考えられています。「がんと診断された日」から、NK細胞が初めて、がんを知って、戦いを始める、のではありません。生涯にわたって24時間、ずっと、がん細胞と戦い続けているのです。私達の細胞は、元を辿ると受精卵という一個の細胞が分裂して数を増やしたものです。その受精卵は母親の体内で生きていました。更にその元を辿っていくと、諸説ありますが、私達の一個一個の細胞は、現在、38億歳とも考えられるのです。

NK細胞は、脊椎動物の祖先と考えられる原索動物にも存在するため、凡そ、6億年近く(それ以上かもしれませんが)、がん細胞と戦ってきたと考えられます。私達の人生が、たかが何十年か、長くて百年少しにしか過ぎなくても、体内の細胞には、数億年や数十億年の歴史が刻まれているのです。

自然免疫の重要な担い手である樹状細胞が、地球上に存在する殆ど全てのバクテリアやウイルスを認識できるセンサーを生まれながらに持っているように(樹状細胞は、15種類、ヒトの場合は10種類のTLRと呼ばれるセンサーを組み合わせて用いることで、ほぼ全てのバクテリア・ウイルスを認識し、免疫応答できる仕組みをもっています)、NK細胞は、全てのがん細胞を認識・攻撃でき、かつ正常細胞であることも認識できる能力を持ちます。具体的には、何十種類ものKAR やKIRと呼ばれるセンサー群を、生まれながらにもち、これらを組み合わせて使うことで、「騙されない」で、がんを認識できるのです。「複数のセンサーを組み合わせる」のがミソです。単一物質や、一種類のセンサーだけで、相手の正体を見極めるのは無理があります。

ネット上で盛んに流布されている「NK細胞は、MHCクラスIを発現しない細胞を異常細胞と認識し、攻撃する」というのは、研究用など、特殊な選別を受けた異常なNK細胞が、MHCクラスIを発現するがん細胞を攻撃しにくくなることから生まれた「誤解」であり、野生型のNK細胞で、活性が高ければ、どのようながん細胞でも攻撃します。なお、NK細胞の一部には、MHCクラスIを認識すると、攻撃抑制信号を発するセンサーは実際に存在します。それは、いくつも種類があるKIRの内の一つに過ぎません。野生型のNK細胞集団の中には、MHCクラスIに反応するKIRを持たないNK細胞もたくさん存在します。また、MHCクラスIに反応して抑制信号を発するKIRを持つNK細胞であっても、活性が高ければ、多種大量のKARが発現し、これらが発する攻撃信号が、KIRが発する攻撃抑制信号を圧倒するため、標的細胞がMHCクラスIをもっていても、相手が、がん細胞であれば、攻撃します。

がん細胞は、体内のどこで発生するか分かりません。また、危険ながん細胞は、転移をします。「肺がんにしか効かない」そんなことでは、「毎日、体内で発生するがんの増殖を抑える」ことはできません。そもそも、部位によっては効果がないものならば、全身に転移するがんを抑えることはできません。がんを発生部位毎に区別するのは、外科医が、がん治療をリードしてきたからです。手術の手技は部位によって大きく異なるからです。がんは、体内のどこにでも発生し、どこにでも転移しますので、がん治療は、「全身」を考慮して設計する必要があります。

がん細胞は、正常細胞と同じ物質からできています。

がん細胞の多くに、特定の遺伝子変異が見られることはありますが、だからといって、同じ変異をもつ正常細胞も存在しますし、また、全てのがん細胞が特定の変異を持つ訳ではありません。

がん細胞に、たくさん存在する物質であっても、特定の物質一種類を標的とすると、同じ物質が正常細胞にも存在するため、必ず、がん細胞も正常細胞も両方を攻撃することになります。がん細胞に大量に発現される物質を標的にモノクローナル抗体を作成しても、体内に投与すると、がん細胞よりも遥かに大量に存在する正常細胞にも結合してしまいます。特異性を徹底的に高めていくと、正常細胞に結合する頻度は下がりますが、今度は、標的のがん細胞にも結合しない事が多くなります。

単一標的に対する単一センサーを用いる限り、どこまでいっても、「信号とノイズのジレンマ」、つまり、がん細胞を撃ち漏らすまい、とするほど、正常細胞を攻撃してしまい、正常細胞を攻撃しないようにすると、撃ちもらすがん細胞が多くなります。

がん細胞と正常細胞では、同じ物質であっても、細胞表面の発現頻度や組み合わせのパターンが異なります。NK細胞は、がん細胞に多く発現する表面物質を認識するKARと呼ばれるレセプターを複数種類、備えています。また、正常細胞が強く発現している表面物質を認識するKIRと呼ばれるレセプターも備えています。KARがもたらす(+)の信号と、KIRがもたらす(-)の信号を総合評価して、がん細胞か、正常細胞かを判定します。

上の図は、がん細胞、正常細胞、バクテリア、ウイルス、ウイルス感染細胞の大きさや認識シグナルを模式的に表したものです。

バクテリアや、ウイルスは、ヒトの細胞には存在しない構造物をもっており、「赤」色で表しています。ウイルス感染細胞も、細胞表面にウイルス由来の物質を提示することがあります。バクテリアやウイルスは、特定物質を標識として認識し易いのです。例えば樹状細胞は、バクテリアやウイルス特有の構造物を認識するセンサー群のセットを生まれながらに持っています(実際には、体内で樹状細胞として成熟する過程で揃っていくのですが)。ところが、がん細胞には、そのような顕著な標的物質は存在しません。

上の図をみて、グリーンの物質を標的にすると、確かに、がん細胞を攻撃することができますが、同じ物質が少量ながら正常細胞にも存在します。体内全体では圧倒的に正常細胞の方が多いのですから、攻撃物質の大半が正常細胞に向けられることになります。

一方、パッと見だけで、正常細胞とがん細胞の区別がつくと思います。人間の顔をみて、女性か男性かは、通常、すぐに分かりますが、女性特異物質が顔にあるから女性だと分かるのではありません。上の図でも、ブルーとグリーンの比率を見れば、一目瞭然に両者を区別できますし、また、正常細胞では整然と、がん細胞では乱れて標的物質が並んでいます。二つの物質の比率を認識することは、抗体や、抗がん剤には不可能ですが、生きた細胞である NK 細胞なら容易です。

実際には、ブルーとグリーン、二種類の標的を認識しているのではなく、もっと沢山の標的(レセプター)を認識しています。そして、NK 細胞の集団の中で、細胞、個々にKARやKIRの発現パターンが異なります。あるNK細胞は、ある種のがんをよく攻撃し、ある種のがんは気がつかない、ところが別のNK 細胞は、逆の認識パターンを持ったりします。

KARセンサーからの信号強度が強いほど、相手が、がん細胞である可能性が高く、KIRセンサーからの信号強度が強いほど、相手が、正常細胞である可能性が高い、と認識されます。個々のNK細胞は、一種類のKIRしか持たず、KARについては、多種類をもちます。活性が低いと、KIRのシグナルが優先され、がん細胞を正常細胞と誤認識しますが、活性を高めると、大量・多種類のKARを発現し、がん細胞を逃さず捉えるようになります。

上の図で、活性が低いNK細胞は、KARの種類も数も少ない、つまり、がん細胞を捉えるセンサーの種類も数も少ない状態を表しています。これでは、KIRが送ってくる信号の方が相対的に強くなり、がん細胞を正常細胞と見誤ります。一方、活性を高めたNK細胞は、種類も数も大量のKARを発現しています。KIRは、相変わらず一種類しか発現していません。この状態になると、がん細胞を見誤ることはなくなり、仮に特定のNK細胞が、特定のがん細胞を見過ごしたとしても、他のNK細胞が、異なるKAR/KIRのセットをもっていますので、撃ち漏らさず、相手を攻撃します。

キラーT細胞の場合、実際には、一種類ではないのですが、NK細胞に比較すると、遥かに単純な認識センサーしかもっていません。そして、特定のキラーT細胞は、ごく限られたがん細胞しか認識できません。また、全てのキラーT細胞を合わせてみても、攻撃できないがん細胞が多数存在します。

キラー細胞は、がん細胞をアポトーシスに追い込む物質、爆弾の入った小さな泡のような袋をもっています。活性の低いNK 細胞は、この爆弾が少ないのです。キラー T細胞も、活性の高い NK 細胞に比べれば、爆弾の量が遥かに少ないのです。この爆弾は、自分にも当ってしまいます。そこで、キラー細胞は、大量の細胞間接着物質(=糊)を分泌し、がん細胞にべったりとくっついて、それから、爆弾を送り込みます。活性の低いNK 細胞は、この糊も少ないので、細胞一個一個がバラバラの状態です。ところが、活性の高いNK細胞は、大量の糊を分泌しますので、お互いにくっつきあい、大きな塊となります。