TOP分子標的薬とANK免疫細胞療法の併用>新しい抗がん剤は全て分子標的薬

80年代以降、新規の化学療法剤の開発は殆ど止まります。10年間、承認ゼロという時期もありました。タキソール系を除けば、今、使用されている化学療法剤は、70年代までに承認された物質か、その誘導体、或いは投与法などを変更したものです。

80年代には、バイオテクノロジーの興隆と共に、がん特有の物質を標的とする治療法の開発に巨額の予算が投じられました。今日、話題になっているがんワクチンと同様のプランを掲げるバイオベンチャーは1000社以上いたのです。また、インターフェロンやインターロイキンなど、免疫刺激物質、TNFのようながん細胞に特別な信号を送る物質なども新薬として本格的な開発期に入りました。インターフェロンは肝炎を中心に1000億円以上の市場を形成しますが、「がんを治す夢の薬」には程遠いのが実態です。結果、一部、生き残ったものもありますが、壊滅に近い状態となってしまいます。単純な物質で、がん細胞だけを特異的に攻撃する、あるいは、免疫を制御する、こういった発想は、複雑な生命システムの現実を無視した幻想に過ぎなかったのです。

90年代には、ダナファーバーがん研究所(ハーバード大)にシグナルトランスダクションの専門家を集め、米国の国家予算が集中的に投入されます。
正常細胞もがん細胞も、細胞増殖因子とか、成長因子とよばれる刺激物質を沢山、受け取ると、細胞分裂つまり増殖を活発化させることが分かっていました。また、発見された発がん遺伝子の大半が、この増殖因子を受け取るレセプターに関係する遺伝子に僅かな変異を起こしたものでした。レセプターは、細胞表面に突き出したアンテナで、細胞増殖因子を受け取り、そのことが引き金となって、細胞内にも突き出した部分に変化が起こります。そのあとは、何十という物質や酵素が複雑に影響しあって、結果的に、細胞分裂のスイッチを押し、増殖フェーズに入ります。外部信号を受けてから、結果として、細胞が分裂するという行動につながる、この一連の複雑な制御反応プロセス全体をシグナルトランスダクションといいます。

がん、といっても、活発に増殖しない、また、それほど転移しないものであれば、危険度は低いわけです。危険ながんは成長速度が早く、転移する傾向が強いものです。増殖因子のレセプターを異常に大量にもつ(過剰発現する)がん細胞は、危険ながん細胞、と考えられ、増殖因子のレセプターを封じることで、危険ながんの増殖を抑える、新しい抗がん剤のコンセプトが打ち出されました。

増殖因子のレセプターは正常細胞にも存在します。がん細胞の増殖因子レセプターに関連する遺伝子に、僅かな変異がある場合もありますが、それは、レセプターの発現量の制御に影響するものです。遺伝子上の僅かな変異を利用して、がん細胞だけ攻撃しようとしてもうまくいかないことは、失敗の山を築いた結果として、明らかになっていました。ちなみに、オンコジーン(発がん遺伝子)を直接の標的とするがん治療は、尽く失敗に終わります。 米国では、90年代、オンコなんとか、という名前のついたバイオベンチャーが何百と生まれましたが、全て、消え去りました。増殖因子レセプターを過剰発現しているのが危険ながん細胞なのであれば、増殖因子レセプターを標的とする薬剤は、正常細胞にも影響を与えるものの、危険ながん細胞に対してより集中的に強い影響を与える、と考えられました。

こうして、二系統の分子標的薬が続々と開発されます。

一つは、抗体医薬品と呼ばれるもので、もう一つは狭い意味での分子標的薬、あるいは低分子分子標的薬と呼ばれるものです。低分子分子標的薬の代表格がイレッサ(商品名)です。イレッサは、EGFと呼ばれる成長因子の一種が惹き起こす細胞分裂のプロセスを、細胞の内部まで入り込んでブロックします。低分子分子標的薬は、抗体医薬品よりも細胞分裂を抑えるパワーは強いのですが、特段、NK細胞を刺激することはありません。イレッサは、非小細胞性の肺がんに適用が認められましたが、原理からすれば、部位の問題ではなく、EGFR(EGFレセプター、EGFを受け止めるアンテナ)を過剰発現しているがん細胞に対して、より有効と考えられます。

一方の抗体医薬品の代表格ハーセプチン(商品名)は、EGFレセプターの2型(HER2)に結合するものです。細胞表面に突き出たアンテナに結合することで、成長因子がアンテナに受け止められるのを妨害します。細胞増殖を抑えるパワーは低分子分子標的薬には敵いません。ハーセプチンもまた、乳がんを対象に保険適用になりましたが、やはり本来は部位に関係なく、がん細胞がハーセプチンの標的となるHER2を過剰発現(HER2抗原強陽性)しているがんに対して、使用を検討すべきものと考えられます。

EGFレセプターが過剰発現となる割合(国立がんセンター)
腫瘍の種類 EGFR過剰発言の場合
肺がんの一部 40-80%
前立腺がん 40-80%
胃がん 33-74%
乳がん 14-91%
大腸がん 25-77%
膵臓がん 30-50%
卵巣がん 35-70%
EGFレセプター2型(HER2)抗原が強陽性(過剰発現)となる割合
腫瘍の種類 症例数 HER2タンパク過剰発現の割合
乳がん 2111 17−37%
卵巣がん 73 32%
胃がん 459 12-55%
非小細胞がん 207 27-56%
間葉がん 94 37%
膀胱がん 141 36%
食道がん 25 60-73%
唾液腺腫瘍 27 32-62%
    Hynes NE et al:Biochem Biophys Acta 1198,165,1994

なお、分子標的薬には、細胞増殖に関係する物質以外を標的とするものもあります。

代表的なものは、リツキサンです。これは、B細胞に多く存在するCD20という物質を標的とします。CD20は、正常なB細胞にも沢山、存在するため、大量の抗体(リツキサン)が正常細胞に吸着されます。そのため、投与量が多く、値段が高いのがネックです。また、この抗体は、B細胞ががん化したもの、悪性リンパ腫B型専用のものです。

他にも、血管新生阻害というタイプがあります。腫瘍組織は、数ミリ程度まで大きくなると、組織内部に血液が循環せず、成長できなくなります。そこで、腫瘍組織は自ら血管網を形成しようとします。この血管新生を阻害すれば、腫瘍組織の巨大化を防げる、と言う考え方です。

現在、開発中の新薬については、細胞増殖に関係するものに集中しています。EGFレセプターやHER2抗原といった、既存品が存在する同一標的に対し、特性の異なる複数の抗体医薬品が開発中です。また、一部にマウス由来の構造を残している抗体を完全にヒト型に変更したもの、最初からヒト抗体として開発されているものなどもあります。