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京都大学発ベンチャー

年月 事項
1984年

米国NIH(国立衛生研究所) 免疫細胞療法の原点LAK療法開発。

強い免疫抑制下にあるがん患者のNK細胞を、体外で培養、高活性化に成功。 ところが、増殖すると活性が低下するNK細胞培養の壁にぶつかる。
そこで3日間連続、動脈血を採取・培養、増殖を始める前に体内に戻す。
更に、免疫抑制打破のため、大量の免疫刺激物質IL2を投与。 激しい副作用と、コストがネックになり、普及せず。

1985年 京都大学、勅使河原計介医学博士、米国ダートマス大学へ。

インターロイキン2レセプターの研究、等(IL2 βサブユニットの発見者)NIHのグループからLAK療法について、相談される。

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京大に戻った後、大久保祐司医師と共に、NK細胞の本格培養の研究に着手外科医が主導したNIH法とは根本的に次元が異なる培養技術を駆使し、世界で誰も実現できない「NK細胞の活性を高めながら、同時に、増殖させる」技術の確立を目指す。

1993年

ANK(Amplified Natural Killer)療法の確立。

Amplify には、「活性化と増殖」両方同時という意味が込められている。

京都大学での実験として、末期進行がん患者をANK療法単独で治療、
部位の異なる複数のがん患者にて、完全寛解後5年再発しないことを確認。

2001年1月

余命宣告後ANK療法にて一命をとりとめた患者ら、九州の財界人が中心となり、開発医師を説得し、ANK療法普及を目的に、福岡県福岡市に免疫細胞療法総合支援サービスを行うリンパ球バンク株式会社(資本金2,000万円)を設立。

2002年8月

京都府京都市に臨床医療を目的とした培養センターを新設。
提携医療機関にて運用開始。

2003年3月

本社を、培養センターがあり、開発医師が常駐する京都府京都市に移転。

2004年7月

厚生労働省との折衝、パブリシティー強化のため、本社を東京都千代田区に移転。

2005年3月

京都研究所培養設備の複数拠点化(設備拡張)実施。

2005年4月

薬事法改正により、免疫細胞療法の適用法令が薬事法となる可能性が発生。
東証マザーズへ上場申請、中間審査を受けるも、適用法令不明確を理由に申請却下(後に、医師法により実施する旨、厚生労働省より指導あり)

薬事法改正前に上場したメディネット社(キラーT細胞の培養が中心)が、知名度において優勢となる。

2008年11月

東京本社移転。

2009年4月

樹状細胞療法を中心とするテラ社が上場、知名度において優勢となる 。

2009年6月

京都地方特区(がん治療における混合診療規制の緩和)を内閣府に申請。

2009年12月

NPO「日本からHTLVウイルスをなくす会」と共催、鹿児島にて免疫細胞療法セミナーを開催。