TOPがんワクチン>がんに対する免疫(腫瘍免疫)と、感染症に対する免疫は仕組みが異なります。

がんは、感染症を起こす病原体とは異なり、患者さん本人の自分自身の細胞です。
細菌やウイルスであれば、人間の細胞には存在しない明確な目印(特異物質)があります。特に、細菌には顕著な特異物質がいくつも存在し、これらを標的に、数々の抗生物質が実用化され、細菌だけを狙い撃ちに攻撃することができます。

ところが、人間の、しかも患者さん本人の細胞である「がん細胞」には、そこまで顕著な目印になる物質がありません。 病原体特有の特異物質を認識することで、感染症に対する防御システムが発動される仕組みは、比較的、研究が進んでいます。特に、病原体を認識する専用センサーを備えた樹状細胞の研究が活発です。ところが、樹状細胞が持つセンサーでは、がん細胞の認識は困難です。樹状細胞の研究は、ある種のブームのような様相を呈しておりますので、研究者も好んで研究対象にします。そのため、がん治療への応用を試してみる人がでてくるのは、よくあることなのですが、研究者にとって関心が高い、ということと治療上の実用性は、必ずしも一致しません。

免疫細胞療法は、体内の免疫細胞を体の外に取り出し、がんと戦う戦力を整えてから、再び体内に戻すものです。一方、がんワクチンは、体内で免疫細胞を活性化することを目指すものです。

そもそも、がん患者さんの体内では、免疫システムが非常に強く抑制を受けており(免疫が正常に機能していれば、がんという病気にはなりません)、外部から刺激を与えても、なかなか活性化しません。がんワクチンは、この数十年間、盛んに研究されてきましたが、免疫抑制の壁に跳ね返され、劇的な効果を示すことができません。安全なものでは、免疫システムが反応せず、免疫システムの反応を強く引き出すものは、非常に危険なものとなってしまう、がんワクチンの抱える根本的なジレンマです。そのため、幾ばくかの延命など、マイルドな効果だけを狙って、治療強度を抑えながら実用化を目指すしかありません。がんワクチンをはじめ、あらゆる免疫系治療が抱える、このジレンマを克服するため、免疫抑制が及ばない体の外で、免疫細胞を活性化させる、免疫細胞療法が考え出されました。

まず、両者の共通の前提として、

  • 体内には、がん細胞を攻撃する免疫細胞が存在する。
  • ところが、がん患者体内では、がん細胞を攻撃すべき免疫細胞の活動が抑制され、目の前のがん細胞を攻撃しない(眠っているような)状態に陥っている。

そして、免疫抑制が強い体内で免疫細胞を起こそうとする様々な免疫系治療が試され、がんワクチンも、その一種、ということになります。どう考えても、免疫抑制が及ばない、体外で、免疫細胞を目覚めさせる免疫細胞療法の方が理に適っています。

実は、がんワクチンは欧米で何度となく試され、失敗の連続を重ねて参りました。
失敗を重ねるには理由があります。

がん患者さんの体内にも免疫細胞は沢山いるのですが、強い免疫抑制下にあり、免疫の力が眠らされています。つまり、都会のネコがネズミを見ても知らんふりをしているように、がん細胞がいても、襲わなくなっているのです。

そもそも免疫が目覚めている状態なら、がん細胞はたちどころに破壊され、増殖することはありません。がんワクチンは、がんの情報を免疫系に教えるもの、つまりネコにネズミの匂いをかがせることを目指すものですが、生きているネズミを見てもボーっとしているネコに、いくら匂いを嗅がせても、知らん顔をしています。

この「強い免疫抑制状態」がある限り、免疫系の活動レベルを跳ね上げる非常に強い免疫刺激を加える、つまり、体にとって、かなり危険な物質を投与しない限り、がんワクチンを投与しても、免疫系は反応すらしてくれないのです。

これががん細胞の匂いだ、という物質はありそうで、まだ見つかっていません。免疫細胞は、がん細胞がもつ一種類の物質だけで、「これはがん細胞だ」とか「これは正常細胞だ」と認識するのではありません。いくつもの物質の組み合わせパターンや、バランスなどを総合判断しているのです。例えば、香水は何十種類の物質を調合してつくります。微妙な配合バランスの違いで、一流の香水になったり、安物の香水になったり、と明暗を分けてしまいます。

そして、香水をつくる原液は、各々、その物質一種類だけの匂いを嗅げば、大変、不快な異臭ともいえるような匂いを発するものです。 同じ物質であっても、どう組み合わせるかで、「香り」にも、「悪臭」にもなるのです。

がん細胞も正常細胞も、同じ物質からできています。
ただ、その物質の存在バランスが異なる
のです。

そこへ、これが、がん細胞特有の抗原物質なのです、と、たった一種類とか、数種類だけ人工的に合成された単純な物質を投与しても、がん細胞の情報とするには不十分です。

免疫細胞療法は、以上のような、がんワクチンが越えられない壁を乗り越えるために開発されたものです。

強い免疫抑制下にある患者さんの体内には、いくら沢山、免疫細胞がいても、目の前のがん細胞を攻撃しないのです。必要なのは、がん細胞の情報ではありません。そんなものは、免疫細胞の目の前にゴロゴロ転がっているのです。

問題は、「眠らされている状態」です。がん細胞は、目の上のコブである免疫細胞を眠らせるのです。そこで、がん細胞の眠り薬がとどかない患者さんの体外に免疫細胞を取り出し、十分、目を覚まさせてから、体内に戻す。これが米国政府研究機関NIH(国立衛生研究所)が確立した免疫細胞療法の原点です。