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2020年10月23日

  

免疫

現代人が現代病だと思っている病気、動脈硬化、糖尿病、心筋梗塞、脳内の出血や血流障害に関連する疾病、アルツハイマーなどの高齢化と共に進行すると「思われている」知覚障害、リューマチやその他の関節炎、などなど、こうしたものは古代の方がむしろ激しかった時代もあり、概ね、農耕が始まると同時に現代病だらけになり、そのうち、いろんなものをまた食べるようになり、現代病が少し和らぎ、またまた加工食品が登場し、同じものを大量に食べるようになると現代病の大津波が戻ってくる、こういう歴史をたどってきたようです。

 

栽培植物の「開発」は地域によって時期が大きく異なりますが、麦の原種から栽培可能な麦への改造が行われたトルコ周辺からコーカサス地域にかけて、少しタイミングが遅れて大型動物の家畜化が行われました。 大体、1万1500~1万1000年の間に農耕の基礎なり、普及なり、食生活の大転換などが起こり、更に1000~2000年くらいは時差があるのか、まあ、正確にはわかりませんが、オーロックスという荒々しい野生動物から牛がつくられ、羊や山羊も相次いでつくられました。

 

野生動物の家畜化が疫病のイニシエーションだったのでは、と考えられています。

 

 

野生動物よりも弱くなってしまい、また、かなり過酷で、異なる生き物とも自然ではありえないほど密集する状態が続き、どちらがルーツなのかを見極めるのは難しいのですが、人間や家畜の間に疫病が発生するようになります。私たちのゲノムは古代からのウイルスゲノムの積み重ねでできている一面があります。ゲノムの8%はある時期のウイルスのゲノムが私たちのゲノムとして定着したものです。他にもウイルスは頻繁に人間同士の間のゲノム交換を行います。そもそも私たちの抗体は、外からありがたい新しい遺伝子を運んできてくれた「ウイルス様」を保護し、安全かつ確実に細胞に届け、運んできた遺伝子を私たちの細胞のゲノムに定着してもらうお手伝いをする仕組みになっています。これがある背景から抗体がウイルスを排除するという全く逆の勘違いが起こるのですが、基本的に抗体は大切なウイルス様をお守りし細胞に案内するホスト役です。 そして、人間のウイルスが人間の間を移動しあっても病気にはならないのです。ところが、天然痘や麻疹は人間のウイルスなのに人間に対して猛威をふるい、また肝炎ウイルスも人間のウイルスなのに感染症を発症します。肝炎ウイルスは現代医学の普及までは大きな問題を起こしていなかったもので、一種の「医原病」(医療行為によって生じた病気)という一面があります。ところが天然痘はおそらく4千年、麻疹はそこまでたどれませんが、かなりふるくから流行していたと考えられます。この二つが疫病の「大御所」というか非常に古くから存在していたもの、と考えられています。

 

どうやら、麻疹のルーツは牛疫にあると考えられています。牛疫というのは日本では聞きなれませんが、ヨーロッパなどでは最も恐れられた疫病の一種で、これが大流行すると牛のほとんどが死滅し、大飢饉となります。牛は耕作や乳牛としても、また肉としても利用されますが、現代のトラックの役割を果たしてきたため、物流が止まるのです。広い範囲に広がる農地から都市への食料輸送が止まってしまいます。牛疫病がいつから存在したのかはわかりませんが、ある程度大きな都市ができはじめた二千数百年前にはたびたび、激甚な被害をもたらすようになったようです。それまでにも発生していても、物流依存が小さい時代には被害が抑えられていただけかもしれませんが。人間の疫病の帝王である天然痘と、家畜の疫病の横綱である牛疫、人類が撲滅に成功したのはこの二つだけです。最大の被害をもたらし続けた二大疫病だけ、撲滅に成功し、他の疫病はまだ存在し続けているということになります。

 

牛疫を起こすウイルスが非常に濃密な接触がある人類にも感染するようになり麻疹ウイルスとなり、やがて何千年かの間にヒトを宿主とし、ヒト以外には感染しないヒト化ウイルスになったようです。牛疫ウイルスの更に元をたどれば、ルーツは人間のウイルスだったかもしれませんが、そこはわかりません。

 

天然痘の場合、まだルーツ論争に決着はついていません。一つの可能性は馬が家畜化され、はじめのうちはたた食べていただけのようですが、やがて車輪が発明されて、馬に戦車を曳かせるようになり、さらにスキタイが鐙を開発して騎兵が登場し(鐙がなくても裸馬や鞍だけ載せた馬にのる騎兵はいたのですが、鐙があると馬上で踏ん張って武器を使えるので戦闘能力がまるで異なります)、蹄鉄をうつようになり、人間と馬の「距離」がどんどん蜜になっていきました。馬はかかとに感染症をおこすのですが、今日、馬痘とよばれるようになった疾病は元々、馬の病気だったのか、人間が馬のかかとを触りまくるようになって、人間から馬化したウイルスが起こす病気なのか、どっちがルーツかというのはゲノムを調べてもなかなかわかりません。両者は近縁、とか、たぶんこれくらいの時期に共通の祖先から分かれたのだろう、という推測はできますが、どっちがオリジナルかはなかなかわかりません。ウイルス自体は共通のウイルスから分かれたのであれば、どちらかがオリジナルなのではなく、同じ一つのものから互いに差異を大きくしていった、ということですが、争点になるのは馬ウイルスからヒト化したウイルスが分かれていったのか、ヒトウイルスが馬化して分かれていったのかという点です。

 

ジェンナー氏は牛痘を開発し、種痘として完成するのはジェンナー氏の死後と教えられたのですが、従来、牛痘ウイルス、天然痘をおこす痘瘡ウイルス、そして種痘で用いられるワクチニアウイルスは全く別物と考えられていました。特にワクチニアウイルスはどこにいたのかもわからず、自然界には存在しないなぞの巨大ウイルスだと言われていました。これらのウイルスは「ばかでかい」ゲノムサイズをもち、ゲノム解析を行うこと自体が大変でした。案外、最近になって、馬痘ウイルスと痘瘡ウイルス、そしてワクチニアウイルスは互いにごく近縁であり、牛痘ウイルスは別物、ということが明らかになりました。ジェンナー氏はかかとの病気になっている馬を治療し、その手で牛を触ると牛が牛痘を発症することがあるが、馬由来の牛痘からヒトにワクチンを接種すると天然痘を予防できることを見抜いていました。ところが、牛痘ワクチンの追試を行った多くの医師は馬とは関係なく、症状がよく似た牛痘からワクチンをつくったため、まったく予防効果がなく、逆に副反応なども頻発し(ジェンナー氏と作り方がちがっていました)ジェンナー氏は「効かないぞ!」と大バッシングを受けたのでした。結局、延々と人から人へと継がれていった「元馬と関係ある牛痘」由来ワクチンは、いつしかヒト化度を強め、オリジナルの馬痘ウイルスから少しずつゲノム変異を蓄積し、やがて人→人ではなく、牛に接種しなおしてみると感染が成立したので、牛を使ってワクチンの大量生産が行われるようになり、さらに時が流れ「種痘」として完成します。その時、「ワクチニアウイルス」というヒトだけを宿主として、かなり無理やり傷をつければ牛にも強制感染できる新種のウイルスが誕生していたのです。人為的な培養を繰り返すことで誕生した新種ですから自然界のどこを探してもみつかるはずはなかったのです。やはり、ジェンナー氏は種痘を開発したわけではないものの、ジェンナー氏が活躍したころにはまだ存在していなかったワクチニアウイルスが、ジェンナー式馬関連牛痘を100年培養し続けた間に徐々に新種ウイルスとして培われていった、ということになります。こうなると、馬からヒトだったのか、ヒトから馬だったのかはわかりませんが、天然痘の由来は、人間と馬が、極めて蜜な関係になってからやがて種の壁を超えたウイルス感染が発生し、それが牛を経由したか(と断言できませんが)、結果的にヒト化し、ヒトだけを宿主とするウイルスになっていった、というストーリーが考えられます。

 

天然痘や麻疹は人間に対する感染力も毒性もすさまじいものがあり、そしてヒトを宿主とし、他の動物には感染しない「ヒトウイルス」に見えます。おそらく、数千年前、野生動物の家畜化によって人獣共通感染が発生し、招かざる客として飛び込んできた他の動物のウイルスに免疫系が大騒ぎして様々な症状を発症し、ウイルスの方もバランスを欠いた爆発的な増殖を繰り返し、疫病という事態に至ったということのようです。

 

インフルエンザは野生の鴨のウイルスで鴨にはほとんど病気をおこしませんが、およそ4千年前?、鴨を家畜化(家禽でしょうが)し、アヒルを作り出し、またイノシシからつくられた豚も一緒に暮らすようになり、この濃密なる培養システムから人獣共通感染が発生し、やがてヒト化したインフルエンザウイルスが出現したと考えられています。

 

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