TOP免疫療法の整理>がんを殺傷する免疫細胞

漠然と「免疫」といっても、がん細胞を攻撃する免疫細胞は、ごく一部です。免疫細胞の種類によって主な役割が異なっており、ほとんどの免疫細胞は、がん細胞を傷害する能力をもっていません。感染症と闘うものなどが多くを占めています。
免疫細胞療法の違いを整理する際、まず、どの免疫細胞を用いるのかが重要です。

まず免疫細胞は、自然免疫系と獲得免疫系に大きく分かれます。
自然免疫は、生まれながらに、何を排除すべきかを知っています。がん細胞を担当する免疫細胞は、がん細胞が正体を見破られない様にどんな変装をしても騙されることなく攻撃します。自然免疫は何億年もの進化の歴史の中で複雑で精緻な認識システムを培ってきたのです。細菌には細菌を、ウイルスにはウイルスを狙い撃つシステムが備わっており、初めて遭遇する新型ウイルスであっても、相手がウイルスである限り自然免疫はウイルス共通構造を見抜いて直ちに発動し撃退します。がん細胞は、いずれは発生するものですから、私たちの体の中には、がん細胞を狙い撃ちする専門的な能力をもつ細胞が、予め備わっており、がん細胞を見つけ次第、傷害します。がん退治の主役であるNK細胞は典型的な自然免疫に属する細胞です。

獲得免疫は、自然免疫を補助するもので、主に感染症に対する備えです。細菌やウイルスが異常増殖すると、がん細胞の増殖速度とは桁違いの勢いで、あっという間に数が増えてしまいます。そのため、T細胞やB細胞が存在し、異常増殖した特定の病原体に反応するT細胞やB細胞が大量に増殖し、反撃する仕組みになっています。

相手が、がん細胞の場合は、本人の細胞ですから、これを本人の正常細胞と見分けるには、複雑で精緻な認識システムが必要となり、これを備えるのはNK細胞だけです。一方、感染症の場合、相手は外敵ですから、明確な標的物質、目印となる特異物質が存在し(人間の細胞にはなく、標的だけにあるもの)、NK細胞より、もっとシンプルな、T細胞やB細胞がもつ認識システムでも識別可能です。

初めて、ある外敵が侵入した場合は、その特定の外敵を担当する特定のT細胞やB細胞の数が少なく、対応が遅れます。やがて、担当細胞が増殖してくると、反撃の戦力が整います。そして、次に同じ外敵が侵入してきても、最初からある程度、戦力が揃っていますから、今度は、感染症になる前に、排除できます。こうした、一度、やられた相手に備える能力を獲得するものを、獲得免疫とよびます。

樹状細胞は、ウイルスや細菌を認識するセンサーを多種大量に備え、感染症の発生を認めると、T細胞やB細胞に出動を促す感染症免疫の指令塔役です。がん細胞には、それほど反応しません。

「樹状細胞が、標的細胞の情報をT細胞に伝え、特定の標的細胞を傷害する特定のCTL(細胞を傷害するタイプのT細胞)を活性化させる」ということがよく言われています。実際に、ウイルス感染を認識した樹状細胞が、特定のウイルス感染細胞を標的とする特定のCTLを活性化させる現象が確認され、そのメカニズムの解明者らにノーベル賞が授与されています。ただし、特定のがん細胞を傷害する特定のCTLを、樹状細胞が誘導することは確認されていません。

がん治療には、がん免疫(腫瘍免疫)の主役である、NK細胞を用いるのが基本です。

免疫細胞の役割は、概ね決まっています。
がん退治の主役・・・NK細胞
ウイルス退治の主役 ・・・T細胞
菌退治の主役・・・B細胞(抗体をつくります)
感染症免疫の指令塔・・・樹状細胞

NK-T細胞や、γ/δT細胞というのもあります。
これらは、NK細胞とT細胞の中間的な性質を持つ、あるいは、NK的な性質をもつT細胞とも言えます。どちらも末梢血中に僅かしか存在しません。どちらの細胞も、活性が高ければ、がん細胞を傷害することは確認されています。

NK-T細胞については、NK細胞と似た性質をもちながら、かつNK細胞よりは培養が容易ですので、以前、私どもでも、治療メニューに加えることを検討しました。ところが、がんを攻撃するパワーは、NK細胞より遥かに劣り、また、免疫刺激作用が弱いのが弱点です。単独で用いれば、強い免疫抑制状態にある患者体内に戻した時点で、直ちに活性が落ち、役に立たなくなると考えられます。ANK療法と併用し、強力に免疫が刺激されている状況下なら援軍になる、と考えましたが、そのためにわざわざ培養コストをかけるのであれば、CTLという別の免疫細胞療法を併用するか、あるいは、もっとシンプルにANK療法の回数を増やした方が高い治療効果が得られる、と考え、治療メニュー化は見送りとしました。

γ/δT細胞もNK細胞と似た性質をもち、弱いながらもADCC活性、つまり抗体によって、がん細胞を攻撃する力が強まる性質を持つ可能性があります。(CD56というNK細胞が沢山もつレセプターがあり、このCD56が、抗体のFcフラグメントという部分に結合するのですが、γ/δT細胞にも、微弱ながらCD56を持つシグナルが検出されています。抗体に結合するから必ずADCC活性を持つという保証はありません。)但し、免疫刺激が弱いため、単独で用いるとNK-T細胞療法と同じく、患者体内の強い免疫抑制下で機能しなくなると考えられます。

なお、NK-T細胞は喘息、γ/δT細胞はリューマチ、いずれも自己免疫疾患の発症に関連していると考えられています。

他にも、死滅したがん細胞の残渣を食作用(文字通り、食べるように、細胞内に取り込んで、処理する)により、処分するマクロファージもいます。ただし、生きているがん細胞に対して、マクロファージは、あまり反応しません。

様々な免疫細胞の性質をまとめると、以下のようになります。

細胞の種類 がん傷害能力 がん認識センサー がん免疫刺激能 体内の細胞数 体内の役割 培養難易度
NK細胞 ☆☆☆☆☆ 多 種 大 量 1000億個 がん免疫 非常に難しい
T細胞 専用センサーなし (△) 1兆個 感染症免疫 容易
樹状細胞 (△) 感染症免疫 容易
NK-T細胞 ☆☆ 複数 少ない
γ/δT細胞 複数 少ない
マクロファージ (△) 膨大な数 感染症免疫 容易