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2020年01月21日

  

免疫

個人の実名で報道されていることにはあまりかかわりたくはないのですが。どうしてもよく聞かれるのが広島東洋カープOBでプロ野球ファンなら知らない人はいない名投手だった北別府氏が罹患されているという特殊な白血病について事実をまとめておきます。

 

有名な水泳選手のケースについてもよく聞かれますが、単に白血病と言われると「それでは病名がわかりません」としか答えようがありません。白血病という病名はないのです。北別府氏の場合は「成人T細胞白血病」と正式な病名が発表されています。よくATLとも言われます。

 

白血病の中でもというより、すべてのがんの中でも非常に特殊なものです。

 

まず原因が明確なのです。HTLV-1型というウイルスに感染しないとATLを発症することはありません。これは100%絶対なのです。0.0001%たりとも例外はないのです。ATL患者さんはHTLV-1型ウイルス感染者でもあります。握手したとかその程度では感染しませんのでどうか無用の警戒はしないでください。エイズよりも感染しにくいウイルスです。逆にHTLV-1型ウイルス感染者の中でATLを発症するのは生涯を通して数%程度です。これを高いと思うか低いと思うか難しいところですが大多数のウイルスキャリアはATLを発症することなく人生を全うされます。

 

ATLはすべてのがんの中で原因が明確な唯一のがんです。

 

子宮頸がんはパピローマウイルスに感染しなくても発症する人はしますし、パピローマウイルスに感染しても短期の感染なら通常は子宮頸がん発症リスクはそれほど高くなりません。つまり原因とは言えないということです。パピローマウイルス感染が長期間持続する人と子宮頸がんを発症する人とでは正の相関がある、何か一緒に発生しやすい事象ではあるのですが原因とまでは言えません。子宮頸部の免疫に何か異常があれば子宮頸がんにもなりやすいでしょうし、ウイルス感染も起こしやすいでしょう。両者が同時に発症することは何ら不思議はありません。つまり因果関係は全くなくても相関関係はあり得るということです。ATLの場合はHTLV-1型ウイルス感染が明確で絶対的な原因の一つであり、実際に発症するかどうかは別の要素が加わります。

 

ATLは体内のHTLV-1型ウイルスに感染したT細胞の「1個」がATLに化けることから始まります。最初の1個がひたすら自分のコピーを増やすクローン集団です。体内に1兆個をはるかに超えるATL細胞が存在していたとしても、全てのATL細胞は皆兄弟で最初の1個のATL細胞が細胞分裂で数を増やしたものです。 固形がんの場合は一つの腫瘍の中に様々な性質をもつ多様ながん細胞集団となっていますのでATLの性質は非常に特殊ということになります。

 

急性型のATLの場合、診断後数週間しか生きられない方もいらっしゃいます。基本的に4つの型に分けられるのですが進行が速いグループの場合で診断後平均余命13ケ月しかありません。これは異常に短いのです。膵がん場合は進行していても気づかれず、かなり進行してから発見されることが多いため診断後の余命が短いという一面もあります。ところが誰が発症するか全くわからない膵がんと違いATLの場合は特定ウイルス感染者以外は発症しないのですから事前にある程度予想はされているのです。しかも体内のT細胞の遺伝子にどれだけ修飾が加えられたか、遺伝子そのものは変化しないのですがメチル化といってDNA分子にメチル基が結合しDNAの性質が変化していくのですがこうした変化の累積度合いで発症リスクが高くなってきていることがわかります。こうした事前の検査や予想が立てやすいという非常に珍しいがんであるにもかかわらず診断されてからの余命が13ケ月しかないのです

 

一方、そこまで進行が早くないグループの場合、たとえば「くすぶり型」と呼ばれるケースでは数年間、進行と鎮静化を繰り返し名前の通り「くすぶる」のですが、やがては急性転化します。急性転化後の平均余命は1年を切ります。

 

抗がん剤に対する抵抗性が強いのも珍しい特徴です。一般に白血病は増殖スピードが速く、抗がん剤が固形がんりもよく効きます。抗がん剤というのは速く増殖する細胞から傷害する増殖毒だからです。ところがATL患者に抗がん剤を投与しても効果が見られるのは3分の1程度です。また効果が見られても速やかに再燃します。結局、抗がん剤だけでは抑えきれません。

 

ATL患者に投与される抗がん剤は非常に強いものです。強力な薬剤を大量に投与します。他のがん治療とは訳が違うのです。そして抗がん剤投与で本人の骨髄細胞を叩いておいて他人の骨髄を移植することがありますが本人の骨髄由来の免疫細胞と移植された骨髄由来の免疫細胞が互いに拒絶しあうGVHDという合併症を起こすリスクがあります。この治療に免疫抑制剤を使うと益々ATLは勢いを得てしまいます。骨髄移植は副反応が激烈ですので高齢者には不適です。ところがATL患者の平均発症年齢は65歳です。つまり多くのATL患者は骨髄移植不適と判断され、患者さんが若くて体力や気力がある場合に限って実施されます。

 

ポテリジオというATL専用の分子標的薬もあります。この薬は抗体を使うものですがATLだけに結合することは無理だとしてもATLが過剰に発現している物質を標的に結合します。抗体が抗原に結合しただけでは通常、何も起こりませんところがポテリジオはNK細胞の活性を増強するタイプの抗体(抗体によってNK細胞の活性が増強される効果をADCC活性と呼びます)を用いています通常、ADCC活性によるNK細胞の活性増強は2倍程度ですが、がん患者の体内は非常に強い免疫抑制がかかり、NK細胞が素早くがん細胞を攻撃するのを妨げています。そうしないとがん細胞は体内で増殖することができません。特にATL患者の体内は非常に強力な免疫抑制がかかっています。そこへ2倍程度NK活性を高めても焼石に水ですので、ポテリジオではADCC活性が100倍増強される細工をしています。これで理論上は、がん細胞だけを狙い撃ちするNK細胞の活性を100倍高め、ATL細胞を一掃してくる、はずだったのですが、どうもNK細胞だけではなくマクロファージや好中球も異常に活性化されてしまうようで皮膚などに非常に激しい炎症を起こしますまたこの薬の投与歴のある人は骨髄移植をするとGVHDを発症するリスクが増大するのでなかなか使いづらい面があります。

 

結局、ATLに関しては治るかどうか以前の問題でそもそも標準治療が確立していないのです。

 

本人の免疫細胞を体の外に取り出して体外培養してから本人に戻す免疫細胞療法については二つの制約をクリアする必要があります。まずHTLV-1型ウイルス感染者の血液を扱うことについてどう安全対策を施すか、特に培養にあたる培養員の安全性確保をどう図るか。それよりも通常の培養ではATL細胞が異常増殖しますので治療のためにがん細胞であるATLを増殖させて体内に戻すことは許されません固形がんと違ってATLの場合、血液中にATL細胞が存在することを想定しないといけませんので、これを増やしてしまうと何をしているのかわかりません。そのため国内で実施される免疫細胞療法のほとんどがATLは治療不可であり、一部特殊な方法や条件を選んでATL細胞を除去した後に培養しているケースがあります。それはつまりATL細胞を殺せないことを証明しているようなものです。

 

NK細胞だけを選択的に増殖させるANK療法の場合は、あくまで戦力比次第ですが培養中にATL細胞を全滅させることも可能ですので(あまりも大量のATL細胞が存在し、NK細胞が少なすぎる場合は培養できません)実際に治療実績もあり、完全寛解後長期生存の著効例も複数でています。 どう考えてもATLの場合はまずANK療法を考えるべきだと私は考えますが、骨髄移植を実施されるのであれば、実施前にANK療法の培養を済ませて凍結保管しておくという手は使えません。骨髄移植後に移植前に培養したNK細胞を投与すると他人のNK細胞を投与したのと同様の状況と考えられます。NK細胞は他人の細胞を拒絶しませんので科学的には問題ないはずですが法令上、他人のNK細胞を第三種再生医療という一般診療として国が認めている仕組みで実施することはできませんので実用上、今は無理です。やるとすれば骨髄移植後にNK細胞を採取して培養するということになりますが、移植後の合併症などが落ち着いていないと免疫抑制剤を多用するわけですから中々やりづらいものがあります。

ATL患者さんで「くすぶり型」が急性転化された後、ANK療法により寛解され長期生存された著効例に関する論文そのものは英語ですので、取材記事を参照しておきます。

 

ATLに対するANK療法の論文

 

 

 

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